『高林陽一監督作品集』
レンタル希望の方はケースワークまでお問い合わせ下さい。一部イメージフィーラムにもございます。
 |
「餓鬼草紙」
1973年|35ミリ|白黒|92分
製作:たかばやしよういちプロ|企画・監督・撮影・編集:高林陽一|脚本:松井智彦|出演:伴勇太郎、新田章、松田幸江、小林加奈枝
1973年カンヌ映画祭批評家週間参加
マンハイム国際映画祭グランプリ受賞
テヘラン映画祭招待作品
◆第1回長編劇映画にして、カンヌ映画祭出品! 出演者4人とも科白なし、音楽なし、の異色の傑作。一人の僧侶の内部に広がる飢餓情況を描く。 |
 |
高林陽一監督が16年ぶりにメガホンをとった
最新作「愛なくして」
2003年|35ミリ|カラー|82分
企画・製作:二人だけの劇場セザンヌ|製作協力:たかばやしよういちプロ、ムービーワークショップ、ビジュアルアーツ専門学校|製作:遠藤久仁子|監督・脚本:高林陽一
◆人間の生命の尊厳をテーマに、シナリオを書き、四季折々の京都を舞台として、孤独な老人の死にまつわる多彩なエピソードの中から人間の尊厳、生と死の問題を描き出した、今を問う渾身の問題作
|
●主な作品

石っころ
1960年|8ミリ|白黒|30分(サイレント)
脚本・撮影・監督:高林陽一|出演:加藤伝、小柴摩理子
イタリア・モンテカティーニ・アマチュア国際映画祭金賞
イタリア・サレルノ国際映画祭銀賞
◆河原で石を運び続ける男。その延々とした繰り返しのうちに、人生の始まりから終わりまでが描かれている。国際的に「高林」の名を知らしめた記念碑的作品。
|

すばらしい蒸気機関車
1970年|35ミリ|カラー|83分
製作:たかばやしよういちプロ|演出・脚本・撮影:高林陽一|音楽:大林宣彦|配役:谷口法子(機関車と対話する少女)
◆自らの念願叶い「蒸気機関車の勇姿で」ついに35ミリ長編に進出した大ヒット作。記録であると同時に、機関車に捧げる献詩として制作された鉄道映画の神髄。今回、ニュープリント復活版で、待望のリバイバル公開!
|

砂
1963年|16ミリ|白黒|26分
撮影・監督:高林陽一|出演:田辺元、正城睦子
ベルギー国際実験映画祭審査委員会特別賞
◆壷を抱えてひたすら砂丘を歩く男と、壷に砂を入れる女。男と女、ただそれだけでアヴァンギャルドな空間が創出する、必見!
|

本陣殺人事件
1975年|35ミリ|106分|カラー
製作:たかばやしよういちプロ+映像京都+ATG|監督・脚本:高林陽一|原作:横溝正史|音楽:大林宣彦|美術:西岡善信|出演:中尾彬、田村高廣、新田章、高沢順子、東竜子、伴勇太郎、山本織枝、水原ゆう紀、小林加奈枝、常田富士男
◆ATGと提携、横溝正史ブームの先駆けとなった意欲作。結婚初夜に惨殺されたふたり。現場は密室。名高い旧家を襲った悲劇に挑むは、中尾彬版・金田一耕助。高林の耽美ワールド炸裂!
|
●貸し出し用フィルム一覧●
| 石っころ |
音源 画像 |
8ミリ |
保管場所:イメージフォーラム
お問合せ先
TEL03-5766-0116 |
| 砂 |
音源 画像 |
16ミリ |
| 木 |
|
16ミリ |
| ひなのかげ |
|
16ミリ×3 |
| 村肌 |
|
16ミリ |
| 餓鬼草紙 |
|
16ミリ |
| 悲歌(エレジー) |
|
16ミリ 35ミリ |
| 往生安楽国 |
|
16ミリ |
| むさしのいのち |
|
16ミリ |
| かなしみ |
|
16ミリ |
| 日本の子守唄 |
|
16ミリ |
| STONYLIFE |
|
8ミリ |
| 予感 |
|
16ミリ |
| べんがら格子 |
|
35ミリ |
| 西陣心中 |
|
16ミリ |
| 娼婦 |
|
35ミリ |
| |
|
|
|
| べんがら格子 |
音源 画像 |
|
保管場所:ケースワーク
こちらからお問い合わせ下さい。 |
| 餓鬼草紙 |
音源 画像 |
35ミリ |
| 娼婦 |
音源 画像 |
|
| 京都放浪記 |
音源 画像 |
|
| 悲歌(エレジー) |
音源 画像 |
|
| 往生安楽国 |
音源 画像 |
35ミリ |
| 魂遊びほうこう |
音源 画像 |
35ミリ |
| 西陣心中 |
|
16ミリ |
 |
小六 茂子
「恋模様」
出演:小六茂子|小唄 長唄:小六満佐|構成台本 演出:高林陽一|撮影:としおかたかお|制作:小六茂子|製作:映像舎
◆小六 史希子 プロフィール
社団法人 日本小唄連盟理事、小唄 小六派 宗家
昭和51年 日本舞踊六世宗家 藤間勘十郎、藤間掬子より師範
平成2年 小唄 千紫千恵に師事
平成3年 小唄 宗家小六派2代目
平成4年 清元 延六寿荻江節 荻江寿友家元より荻江六寿
|
 |
叶 和貴子
「雅(みやび)」
|
高林陽一監督 略歴 1931年4月、京都西陣で営む帯地商の長男に生まれる。大学で仲間と8ミリを作り始め、卒業後の『南無』(59年)が監督第一作。以後、実験映画・個人映画をつくり続けた。大林宣彦、飯村隆彦らと8ミリを通じた交友、また記録映画の野田真吉、小川紳介、松本俊夫らとも交友を結ぶ。60年の『石っころ』がイタリア・モンテカティーニ国際映画祭で金賞を受賞してから本格的に映画と取り組む。撮影所とは異なる場所から映画を発信し続け、日本の実験映画・個人映画の草分け的な存在として、その後の映画青年たちに大きな影響を与えた。16ミリ第一作『砂』(63年)がベルギー国際実験映画祭で審査委員会特別賞、『ひなのかげ』(65年)は、日本人としては初めてニューヨーク近代美術館所蔵となった。66年より滅びゆく蒸気機関車の記録映画を数多く撮り、71年には初の35ミリ作品『すばらしい蒸気機関車』を一般劇場で公開しヒットさせる。また、京都を舞台に、きわめて個人的な情念の模様を隠微につづった作品を連作。『べんがら格子』(71年)、マンハイム国際映画祭グランプリを受賞した『餓鬼草子』(73年)などを経て、ATGで『本陣殺人事件』(75年)を発表。その後の横溝正史ブームの火付け役となる。また大映京都のスタッフたちの協力を得たことから、個人的な映画作りから大きく変貌。続く『金閣寺』(76年)で、伝統の技術と美意識、そして斬新性がさらなる境地を拓く。その後、『蔵の中』(81年)、『雪華葬刺し』(82年)など耽美的官能世界の色濃い作品を発表。86年の『魂遊び ほうこう』を撮って以来、沈黙。本人は、映画界からの引退も決意しながら、京都の演劇グループからの熱い誘いで2003年『愛なくして』を発表。それは、実に16年ぶりの、そして72歳の監督の現在を描いたかつてない個人映画だった。 魂のシネアスト 高林陽一の宇宙
http://www.cinematrix.jp/takabayashi/ |